元名古屋→今は大阪で働く窓際系デジタル広告野郎。昔はPePeなんて名乗っていた時期もありました。関心事:ソーシャルテレビ、酒、株式投資、クチコミ分析、Macintosh、WEBデザイン、視聴率、衛星放送、イタリアンスクーター、キャラクタービジネス、エアライン etc.
    茨城県 高3 ツアー千葉東京ドームシティホール参戦 えいたそ推し アッヒホ教。 春から東京
    底辺這いずり回りながら1人でCrustバンドやってます/86年生/流通系とかな仕事/Bass,Optoron奏者だったはず/Industrial/Crust/Techno/House/Disco/自転車/StarWars/ガンダム/
    ブックマークは自動投稿であり、本人の仕事やプライベートとは関係有りません。 / エクスペリエンスのためにソフトウェアをアーキテクトするお仕事。/ 社外勉強会コミュニティ DevLOVE & hcdvalue & ピク活IT。 / CC BY-SA(表示-継承)
    とても弱いです。パソコンを使うお仕事をしながら、絵を描いています。好き→ バレー, スノボ, 釣り, RADWIMPS, 宮野真守, アニメ, 競馬。
    今年は楽しいことたくさんするよ! ライブに旅行に楽器に!!! 美味しいもの大好き音楽大好き!
    銀座で働き始めました。 2011年コナミ卒業しました。 2005年エプソン卒業しました。
    つみきでデザイン、Flash、iPhoneアプリをつくってます。
    ぶつぶつぶつつつつ…
    エイゴデカッコヨクカイテミタイ
    今、好きなこと  小さな美術館で1つでいいからよい作品を時間の許す限り鑑賞すること。朝焼けの太陽の光を全身にあびて元気を充電すること。山を散策して、いろんな生き物に出会うこと。冷たくきれいな湧き水をおなかこわさない程度にたくさん飲むこと。 では、ご一緒に!^ ^♪
    | *n*)b<たまにブログを書き、息をするように音楽を聴くWeb屋。
    基本スペック> 既婚・妻1・息子1・ハリネズミ1・(2012年犬1予定) ※ヒキガエルは四季の森にリリースしました。(達者でなぁ) 遺伝子構成> 父にゴキブリとドブネズミの駆除を専門とする研究者兼営業マン、母に片付けられない症候群の専業主婦をもつ。 結果として小生は、たとえゴキブリとの同居が開始しても、断固として掃除は断るという、鉄の意志をもつ体質となった。 血統について> 父系のご先祖には、伊藤博文の用心棒(任務失敗)がおり、これを1000年遡ると平家を裏切って源氏についた桓武平家(寝返り万歳)という、人としてどうかという祖先をもつ。 母系は伊賀忍・百地丹波のリアル末孫。丹波さんのご自慢の武勇伝は、信長の持城に、その場のノリで焼き討ちをかけて一泡吹かせた後、予想通り反撃にあって一族ごと根絶やしにされ、まんまと生き延びたのはよかったが、晩年、弟子の石川五右衛門に妻を寝取られたり、割かし多忙な人生を送った事。郷士のぼっちゃんらしく、土壇場での詰めが毎度スイートなのはドンマイ。 時は下って、大正浪漫。もちろん一族の蛮勇はカッパエビセンよろしく、全然まるで止まらない。 母方の祖母の実家は栃木の霊媒師の血をひく米問屋なのだが、この問題の心霊米屋は、戦前から刑務所に米を卸していたのだが、利ざやを稼ぐために俵に砂利を混ぜ混み、長年に渡って漂白剤を詰めてゴマかしており、、年々砂利の割合が非常識な具合にエスカレートしていった為、遂に刑務所で暴動が起きたという伝説をもつ。(中国かよ) 尚、こっちの家系の忌引き事では、霊媒体質が災いしてか、人が恨みを持って死ぬたびに、ポルターガイストを初めとした表意現象などの各種心霊現象のバーゲンセールが開催される。累代の悪行がたたってか、ここ50年で急激に霊力が落ちている模様で、近年では霊の統制がまったくとれておらず、呪われた悪霊の巣と化している。(もういや) ご先祖に関しては、あまりにも説明が面倒のため、普段は比較的キコエの良い「伊賀忍」で通しているが、実際には、日本史の暗部の「煮こごり」的血統の集大成として、昭和の世に生を受けている。表街道を生きているのが不思議でならない。 >家族について 祖父母は戦中派の極右。 「植民地主義はオワコン。時代は八紘一宇」 戦前に関東八傑として剣名を馳せた、父方の祖父(帝国陸軍大尉)は侵略15年戦争の後半10年間に参戦。南方で全滅した中隊のたった4人の生き残りである彼の遺した戦中のエピソードは、「カエルをな、パクっとやれない奴は沼にそのまま沈んでったんだ。」。であった。戦後は3人の子の父親となり、70歳を目前にしてガンで倒れる。激痛の中でも、耐えるそぶりすら誰にも見せず、帝国陸軍軍人の矜持を貫いて静かに逝く。男の手本のような人だった。 ちなみにそんな、服を着た英霊の孫である小生は、妻とのはじめてのデートの時、山菜取りの途中でウンコが詰まり、病院で巨大な浣腸を突き刺され、「絶対しばらく出しちゃだめ」とか無理な命令を下され、その実行のために脂汗を流して黙るまで、「痛いの、腹が破けるの」と、ずっと大声で叫んでた。辛抱溜まらず、1分くらいで漏らした。全部妻に見られた。(もう、なんというか死にたい。) 一方そのころ、戦後45年がたった頃、夫をなくして程ない、父方の祖母が、新聞を見て一言。「あら、いつから満州は日本のものじゃなくなったの?」。(小野田さんかよ) 母方の祖父(海軍大尉)は、戦後の混乱とイザナギ景気のドサクサに紛れて、他人の会社の長男を追い出し、代わりに次男を後釜に据え、自らは家老的ポジションを奪取して以降、30年間ゴルフしかしなかった。遺訓は、「露助だけは許すな」。(あんたが言うな。) 本土決戦に備えて、竹槍をしごいていた若かりし頃の母方の祖母。終戦から60年後、夫が死ぬ前の晩に一人娘に打ち明けた真実は、「あたしは、あの人に毛じらみを伝染されたのよ」。(なぜ今この時に言うんだよ)現在御歳85歳。SMAPの追っかけ歴20年。コンサートにはカネボウの美容部員さんといっている。(スーパーどうでもいい豆情報) 父母は全共闘世代の極左。 「とめてくれるなおっかさん、背中の銀杏が泣いている」 父は世界同時革命が合言葉の真性トロツキスト。卒論を公安と机を並べて書いたという、世界同時革命をリンクしたベトナム戦争が生んだ「赤い仇花」。ソ連崩壊時には、仮想敵を失ったあおりでご乱心し、中年の危機を迎えて、ユーゴスラビアの崩壊でトドメを刺される。その後、旧ソ連からの独立国家が増えるたびに酒量が増え、糖尿病への道を驀進。発症後は隠れて呑んでいる。芸歴40年のゴキブリ研究者。(家で生体実験しないで) ちなみに、学生運動当時、母の実家がアジトだった。(おまわりさ
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